「私達に普通は無理っすよ!!!!!!!!」
この言葉で私を解放してくれた同志兼友達に心から救われました。言い表せない位に。本当に、本当にありがとう。
セカンドオピニオンならぬサードオピニオンに行ってきました。
結果、適応障害(抑うつ)という診断から、ASD、ADHD、解離性障害という診断に変わりました。
なにこの3種盛り合わせ欲張りセット。強欲すぎて笑う。
診断結果にはひどく納得しています。社会人になってから上手くいかなくなる事が多々あり、この問題は自分のせいだと強く感じていました。
上司に「社会人になれ」と言われて「柔軟性を高める本を読んでいます」と答えたら鼻で笑われた日。
「何でも聞いていいよ」と言ってくれた先輩に質問しまくってたら「私はあなたの家庭教師ではない」と言われた日。
メールでの指示が理解出来ず「指示内容の要件とアクションを箇条書きにして頂けませんか?」とお願いしまくった日々。
「なる早でお願いします」と言われて混乱する日々。残業したら「今日やらなくてもいい、優先順位考えられないの?」と怒られる日々。
プロジェクト内のメンバーとの距離が遠い気がして、挙げ句の果てには趣味を聞き出し予習する日々。
事例を思いだすと枚挙にいとまが無いですが、「この人の発言をどう受け取ったらいいの?」「皆なんでこれだけの情報量で理解出来てるの?」「なんでうまくコミュニケーションとれてるの?」と常に疑問に思っていました。
元々離れていた世界との繋がりが、更に遠くにいったと思いました。
でも、もう無理してがんばらなくてもいいらしいです。
医者に「典型的な会社員は向いていないですね」と言われて踏ん切りがつきました。
昔から、普通になる事が夢でした。
もう、その夢を捨ててもいいらしいです。
普通じゃなくていいらしいです。
じゃあ、自分らしく生きようという話になってくると思うのですが、自分には自分が無いのです。
自分に“ない“ものに気付いては、”ある“人を観察して、特徴を捉えて、真似をする人生を送ってきました。
自分は宇宙人で、他の人は地球人だと思っていました。
地球人の世界を理解する日々を繰り返した結果、怪人百面相になりました。
どの顔が本来の顔かわからなくなりました。
なんか難しいね。
向き合い方も複雑だなと感じています。
各症状に対して、治療法が無いASD、投薬で改善するADHD、治療法はあるけど行うかは自分次第な解離性障害だと説明を受けました。めちゃくちゃ同時進行。
想像してみてください。サーティワンのトリプルコーンを。あれバランス崩すとアイス落っこちるじゃないですか。
逆に言えばそのバランス感覚でよくここまでやってこれたなと思います。実際毎日サバイバル状態だったし。
特に解離性障害。サードオピニオン時に治療方法を実践してみたのですがとてつもない拒絶反応が出ました。確認されただけで4歳と17歳の私が拒否してきました。
治療中は終始号泣していましたが、治療が終わった瞬間涙が止まり、なんで泣いてたのかもよく分からない状態でした。この感覚はうまく説明出来ません。
医者曰く、私が背負いきれなかった辛い過去やトラウマをその人達が代理で受け止めてくれているらしいです。その人達を本来の自分へ集約すれば物凄く快適に生活できると言われました。
恐らく私自身が自分の中の自分を受け入れられない、もっと正確に言うならば私が頼りすぎていたのかもしれません。正直なところ私のためにもっと働いてほしいです。
医者も「今後どうしていきたいかはあなた次第」と言われましたが、きっと治療は受けるべきなんだろうなと思います。辛いけど。
ASDとADHDは自覚があったので意識して生活していたのですが、試しに1日間肩の力を抜いて過ごしてみたら2回も電車に乗り間違えそうになったり決められた時間に対して30分遅れて到着したりと散々でした。ちゃんと電光掲示板で確認したのに、予定時間に到着出来るように計算したのに。自分が困る分にはまだ良いですが周囲を巻き込むとなると完全にアウトです。どうもありがとうございました。リラックスするのも大変だね。
書きたいことをただ書いただけなのでオチはありません。
皆が幸せならそれで良いです。
幸あれ。
PS. 紹介状に「病名:境界性パーソナリティ障害」と書いてありました。サードオピニオン先の医者から言われて初めて知りました。
元主治医に僕そんな事一回も言われた事ない。それが精神科界隈での常識なんでしょうかね?私は直接!!!!!!お届けされたかったです。岩田社長のキレの良さ好きマジリスペクト。プログラマーとしても、経営者としても凄腕な岩田社長に想いを馳せて眠りにつこうと思います。